おのしゅうのブログ

旧タイトル 注釈の多いオノマトペ

『カチ丼』

もう一年程前の話になりますが、
会社を退職したばかりでヒマだったわたしは、
たまたま時を同じくして仕事をやめたT内君(大学時代の同級生)と
「三年で辞める若者たちの典型例コンビ」を結成し
北海道一周の旅をしておりました。


その旅も5日目を迎えた頃、
知床(世界遺産ですね)の「斜里」という街に着き、
(斜里の漁協に、大学の同級生が勤めていたのです)
そこでお昼ごはんを食べる事にしました。


ただ、立ち寄ったところがいわゆる観光地とは離れたところで、
かつ観光シーズンからも外れていたため(厳寒の2月)
食事をするところが見当たらなかったのです。


せっかくなので魚関係のものが食べたかった我々は、
その『斜里の漁協に勤める大学の同級生だったS藤君』を訪ねた際、


「どこかおいしいものが食べられるお店はあるか?」
と聞いたのですが、
彼は、
「どこそこの店はハンバーグセットがはサラダ付きでお得だ」
「あそこのスーパーのコロッケは安くて肉が多い」
などと、とぼけた事を言うばかりでまるで役に立たないのでした。


そこで我々は自力で店を探し、空腹が限界に達する頃ついにひとつの店を発見しました。
その店の前に、手書きのメニューの一覧があり、それは
『カチ丼』900円
『魚定食』1200円
というものでした。


『カチ丼』とは聞いたことのないメニューです。
しかし、ここは北の最果て「知床」です。
われわれが名前を聞いた事もないようなサカナをつかったどんぶりがあっても
決して不思議ではありません。


「カジカ」というサカナがいます。
「コチ」というサカナもいます。


同じように『カチ』というサカナがいるのだろう、それはめずらしい!!
そのサカナは刺身でのっているのかそれとも焼いてほぐしてあるのか、それはお楽しみだ!!!
ぜひ食べてみたい!!!!!
と考え、わたしとT内君は薄暗い店内に入っていきました。


のそのそと奥の方からでてきたオバちゃんに、
「カチ丼ってどんなのですか?」
と聞いてみると、
「かちどんをしらないかい?
 ブタニクにころもをつけて揚げたのを卵でとじたのさー。」
などととんでもない事をそのご婦人はサラリと北海道弁でいうのです。


「おいおい、それは『カチ丼』ではなく『カツ丼』ではないか!」
と突っ込みをいれると
「あらやだ、このへんでは『カツ』を『カチ』っていってるのさー。」
と、彼女はカラカラと豪快に笑い飛ばすのでした。


どうやら、斜里町では
(〔カツドンkat u don〕→〔カチドンkat i don〕)
という『母音交替』が起こっていたようです。


「母音交替」がおこる方言というのは例が少ない訳ではないのですが、
(ex 動く〔ウゴク u goku〕→〔イゴク i goku〕)
それが名詞に及んでいる事、
そして口語にとどまっていない事はなかなかめずらしい事だなあと思いました。


めずらしいサカナには遇えませんでしたが、
めずらしい言葉遣いの看板に出会うことはできました。
まあそんなものは求めてはいなかったのですけども。